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【インタビュー】津波で工場が流されたご夫婦が自宅から再スタート。 岩手県久慈市の磯谷ご夫妻がオーガニックコットンで作るやさしいsharefun®(しゃれふん)。
3.11当日からその後のこと
「私たちと娘。それに社員8名の会社を経営していました。地震がきて直後に停電が発生。取り掛かっている仕事が予定より早く仕上がっていたため、納品作業を翌日に回すことにし仕事を打ち切りました。その直後に津波が工場を襲いました。」
海に面していた工場は、津波の直撃を受け、コンクリートの土台を一部残しただけで全てを飲み込んだ。跡形もなくなった現場に落ちていたのは1丁のハサミのみ。ミシンや反物、納品予定だった100万円以上の製品も全てを失った。
「ちょうど34年かけて、やっと全ての借入金を完済した時でした。30年頑張ってきたものを一瞬にして失い、失望感でいっぱいでした。毎月の収入が途絶え、蓄えを切り崩す生活。不安と喪失感で眠れない日々が続きました。
ただ、家族も従業員も奇跡的に無事だったことだけが救いで。。自分たちのことはさておき、従業員全員の就職先を見つけました。」
生活が大変だったはずの磯谷さん。自分のことよりもまず従業員のことを考え、手配した。
不足していた水や食料は友人たちが協力してくれてなんとかしのいだ。いつまでも下を向いていても仕方ない。自宅で少しでも仕事を受けられる体制を整えた。
「なんとか中古のミシンを2台手に入れ、今できる小さな仕事でも頂けるようにお願いしてまわりました。少しずつ発注して頂ける仕事が増えました。喪失感でいっぱいでしたが、目の前に仕事があることのありがたみを実感しました。収入ではなく、やることがあるというのが、一番の救いに。
<明日起きた時にやることがある>このことがこんなに幸せなんだとあらためて実感しました。正直、生活するためには縫製以外の仕事でもなんでもよかったのですが、こうして自分の大好きな縫製の仕事をさせてもらえるのは感謝しかないです。」
アバンティ社の渡邊会長との出会いもこのときだった。被災地で被害にあった方々と一緒にものづくりをする「東北グランマの仕事づくりプロジェクト」で出会い、仕事が始まった。
「渡邊会長にはとてもお世話になりました。いつも気にかけてくださって、展示会の際には往復の交通費まで手配してくれて。ご自宅に何回か泊めても頂いだんですよ。娘さんに餃子を焼いてもらったのが一番嬉しかったなあ。」
そんなアバンティ社とのご縁から今回、『sharefun®(しゃれふん)』の依頼が。ふんどしの縫製と聞いて最初はどう思われましたか?
「ふんどしというと、男性のお祭りのイメージしかなかったので、最初はびっくりしました。ただ、アバンティ社の生地を使う安心安全な、とてもおしゃれなものと聞いてワクワクしました。とにかく何かに関われたら嬉しいという状況の中、自分をいたわる時間をもつためのリラックスウェアなので、やりがいがあります」
『sharefun®』の<被災地でしか生産しない>というポリシーについて
「とてもありがたいです。震災からもう8年が経ちました。街は綺麗になるものの、被災地に住む人間にはまだまだ仕事も足りず、大きな傷を持っています。当時のように気にかけてもらうことも年々少なくなっていく中で、こうしてお仕事として関われることはとてもありがたく嬉しいです。」
自分たちのことよりも、まずは相手のことを考え、丁寧で誠実な仕事をされてきた磯谷ご夫妻。作業スペースもご自宅ながら整頓されていてとても気持ちの良い環境でした。丁寧で細やかな技術が求められるオーガニックコットンのもっこふんどし。磯谷さんの長年の技術と想いが詰まった自慢のアイテムとなりました。
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もっこふんどしオーガニックコットン